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ながいき 

福岡の女性が長寿世界一になった。

知らせを聞いたときのセリフは「ありがと、サンキュー」。

人となりが垣間見えるような軽妙な言葉。きっと、これからも長生きされることだろう。

長寿世界一になった29日以降、TV・新聞では盛んに「おめでとう」と祝っている。

114歳は確か。今現在において世界一であることも確か。

軽く1世紀を超えた、その気の遠くなるような時間を生き抜いてこられた事は、一言では言えないくらいスゴイし、素晴らしい。

しかし、何やら腑に落ちない。しっくり来ない感覚が残るのは何故か。

それまで世界最高齢だった米国の黒人女性が亡くなった。

それを受けての「世界一」。

100mを9秒で走る世界一の走者が亡くなっても、9秒1で走る者は世界一とは言わない。

遅く生まれた人間は、先に生きている人間の年齢を追いぬくことは出来ない。

だから、今回のような感覚に捉われる。

別に本人も長寿を競っていた意思も無いだろうし、まして他人が亡くなることを良しとはされないだろう。

繰り上げ世界一になった瞬間、その裏には人の人生の終わりがある。

今はそっとしておいて、誕生日を迎えられた時に合わせて祝う。

その方が本人も嬉しいのではないかと思ったりする。

長寿の世界記録は122歳とも137歳とも。

お元気で長生きして頂きたい。
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硫黄島からの手紙 

映画の中のお約束で、「動物を虐める者は悪人」というのがある。

何の罪もない無垢な動物を痛めつける者は、その役がどんなに名声があろうが信頼が厚く人望があろうが、観客の敵であり「悪」である。

ましてや死に至らしめる事など、以ての外。極悪非道の鬼畜として扱われるのだ。

硫黄島からの手紙」では、伊原剛志演じる西中尉の愛馬が戦闘開始後真っ先に犠牲となるが、カメラは腹に致命的な傷を負った瀕死の馬を映し出す。

あえて映し出す。これはこの作品が「日本側の視点で描かれている」と言った設定以上に、明らかに痛烈で強いインパクトがある。

殺した者は「悪」であり、観客の敵である。この時点のこの瞬間、その蛮行を目撃した全世界の観客誰もが、誰が敵であるかを認識する。

当然、この映画が作られたアメリカでも例外ではないハズだ。

しかしながら、ある場面ではこれが逆転する。日本人の憲兵隊が理不尽な事で犬を殺すのだ。

「犬も殺せずに、鬼畜米兵が殺せるか」。

犬殺しの命に背いた若い憲兵は最前線の硫黄島に飛ばされる。そこは生身の人と人とが殺しあう殺戮の現場。

奇襲に合い狙い撃ちにされ、あっと言う間に命を落としていく米兵達。火炎放射で焼かれたうえ、射殺される日本兵。

追い詰められなす術を失った上官から自決を迫られ、次々に手榴弾で自決する兵隊達。

捕まえた米兵を袋叩きにし殺傷する日本兵。負傷した米兵の手当てをする日本人士官。

投降しようと脱走した日本兵のひとりは上官に射殺され、もうひとりは投降先でこともなげに米兵から射殺される。

前作「父親たちの星条旗」で、英雄に祭り上げられた兵士達の苦悩を描き、戦争に真の英雄など存在しないことを逆照射して見せたイーストウッド監督。

戦争には一義的な悪や正義など存在しない、戦争そのものが悪。

本作ではそんなメッセージを、前作同様声高でなく、観る者に問いかけた監督と脚本の力量と勇気に脱帽。

死んだ米兵が持っていた母親からの手紙。

それには、飼っている愛犬や近所の鶏の話、そしてわが子を思う母親の気持ちが綴られていた。

あの手紙はきっと、全ての兵士の母親からのと同じだったに違いない。

映画のプロローグで発見されたのは、物語ラスト間際に埋められた手紙の束。

その多くは戦場から家族への手紙と、戦場にいる我が子を思う家族からの手紙だったろう。

61年の時空を超えて、現代に届けられた「硫黄島からの手紙」。

語り部となった西郷を演じる二宮和也のナイーブな演技によって、この映画は傑作になり得ている。

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