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難あり 

麻生太郎も言っていた「ネットカフェ難民

いつの頃からか使われ出した言葉。

TVメディアで使われたのが始まりらしい。

これらの社会現象的な言葉は、その時、ある断片では、状況を的確に表現していると言える。

しかし、これが猫も杓子も、だみ声の演説師までも使い出し、大衆的にカテゴライズされてしまうと、逆に抽象化していき、急速に陳腐化する。

例えば、「心の闇」や「フリーター」、「勝ち組、負け組」。

何でも「心の闇」があると決め付ける。それで全て済ませようとする。フリーターは職業化し、小難しい顔してコメントしている輩は、どちら側の組のつもりなのか。上から目線。そう言うアンタはどうなのか。よく分からなくなる。

そもそも難民とは、恐怖政治や戦火、弾圧から逃れてきた人を指す。

アフリカから逃れてきた人はアフリカ難民、ルアンダからはルアンダ難民。

そういう意味からすれば、ネットカフェ難民はネットカフェから逃れて来たのか。

ではないはずだ。逃れてネットカフェにやって来たのではないか。

言わば、日本難民。日本の難民である。

最初に言い出した人は、その辺りの含みもあったのかも知れない。

情勢は動いているのに、停滞している言葉。そして、妙なカテコライズは、本質が変質する。

そういった業界の人々は、言葉に敏感になる必要がある。安住した言葉に疑問は無いのか。

もっと頭を使って、的確な言葉で表現して頂きたいと思う今日この頃。

未だにネット環境が無い地区に住む私は、「ネット難民」とでも言うのだろうか。
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コメント

>未だにネット環境が無い地区に住む私は、「ネット難民」とでも言うのだろうか。

うまい!!
まさにネット難民。

かなり、虐げられています。

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