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甘納豆の処遇 

甘納豆はセツナイ。

私の昼食は殆どが宅配弁当であるが、時折甘納豆が入っている。

概ねオカズエリアの隅の方に置かれている。

漬物類とポジション的には同じだが、私にとって、それはご飯のオカズなのか、デザートなのか、はたまた単なる箸休めなのか。そもそも何故納豆というネーミングを冠しているのか。そんなあやふやな存在感はどこかセツナイ。

オカズとしてご飯と一緒に食している人もいるが、あの甘さは絶対に米と合うハズがない。確かに例外もある。ただし、それは米が餅状に変化した場合のみに許されることで、ご飯の状態であればやはり甘さより塩気に決まっている。

デザートだろうと云う人もいる。しかし、あの甘さはお口なおしのさっぱり感とは程遠い。

流れ的に箸休めとデザートの中間的位置付けになると思われるが、結局のところ曖昧なままで、食事が終盤に差し掛かるまで彼の処遇に苦慮することとなる。

ひと目でそれと判らない場合も同様だ。

煮豆だと思って口に運ぶと、あの甘ったらしい風味に襲われ口をアングリさせられる。そして、すぐさま漬物類の塩気でその甘さを払拭することを余儀なくされるのだ。甘納豆と判った以上、口へ運ぶオカズサイクルから外され、一旦ダッグアウトへ退いてもらうしかないのである。

問題はいつ食べるか。どのタイミングで投入するかが問題なのである。

残すという手段も確かにある。しかし、それは自分の道徳理念から逸脱することになる。

一番最後に食って、お茶で流し込む。文字通りお茶を濁すようなそんなことでは、飯を食った気がしないので、やはり、クロージング直前のタイミングがベストだろう。

そうなれば、彼を投入した後のフォローを担う漬物類についてはある程度温存しておく必要がある。他のオカズと調整も必要だ。無論、ご飯の残り具合も把握しておかねばならない。

果たして、意を決するような面持ちで甘納豆と対峙する。

やはり甘い。甘すぎる。アマスギルゥ。そして、すぐさまフォローを入れエンディングへ。彼の味は刹那に消え入ってしまう。

弁当という彼にとって場違いな場所で持ち味を発揮できない不本意さ無念さ。

もっと別のところで逢えたなら。

甘納豆はやはりセツナイ。
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コメント

今日のお弁当にも入っていたのかしら?金時豆やうぐいす豆もよくお弁当に入ってますよね。
私は御飯に甘いのでも大丈夫なので結構楽しみでもあります。
まぁ出番的には箸やすめだと思いますが。

許せませんね。私は。
ポテトサラダの中のリンゴや暖かいパイナップルと同じ位、許せませんね。

その後調べたら、北海道では赤飯の小豆の代わりに甘納豆を使う事もあるらしいのです。

どんな味なのか想像できません。

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