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お話し 

その方は77歳。

毎月参加している研修会の今回の講師の年齢だ。

戦中派の人だが、その物腰は柔らかい。それでいて、芯が一本も二本も通っていらっしゃる。さすがである。

激動の時代を経て、今なお先端の教壇に立ち続けるには相当の自己改革が必要だったに違いない。

どんな昔の人間であろうと、現代にもこれから先にも通じる考え方を持ち合わせる。それは、時代が変わっても変わらない、変わってはいけない道徳観念に裏づけされた思想。ある側面、宗教的でもあり哲学的な話を理論的かつ解り易く、しかも飄々と聞かせる。

実はこの講師の話は2回目であったので、本題よりもその話芸の方が気になった。

常に穏やか、時には七五調の名調子、別の人物になりきった実例の提示。それらは、直接本題に関係ないものも含まれれるが、区切り毎に見事に統合され、笑いの中にも核心をあぶりだす。そしてこれらを繋ぐ絶妙な「間」。

「弁士」「漫談」「講談」。そして「落語」。日本の四大話芸の要素が全て詰まったような話術。感服するしかない。

私の斜め前の女性受講者の肩が笑いに震えるのがわかる。今度はそちらが気になり、彼女のツボが刺激されるタイミングと回数を勘定しようと試みたが、あまりに些細なことでもハゲシク肩を揺らすので、途中で止めてしまった。その後も見守っていたが、彼女は相当ツボにハマったようだった。他の受講者も同じようなもので、多分、今回のレポートの紙面はそんな講師の話題が大半を占めるのではないかと思う。

それを裏付けるような出来事があった。

研修会が終了したときのこと。講話と研修会の差だろうが、通常、ここで拍手は起きない。

しかし、自然と誰もが拍手を送った。過去4回で初めてのことである。

昔、誰かが言った。「本当に新しいものはいつまでも新しい」

まさにそんな、話の内容と話術に魅了された1日だった。
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