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イチロー 

いやはや立派なものだ。

古畑任三郎でのイチローのことだ。なかなか演技が板についていた。

タレントでもない人間が、あそこまで自然な演技をやれるのか。

特にスポーツジムでのシーンはかなり高度だ。あれだけ身体を動かしながらの台詞まわし。表情も全く死んでない。恐れ入りました。

過去に色々な現役スポーツ選手が映画やTV、CMなどに出演したが、その殆どがお世話にも演技と言え無い代物だった。そこはイチロー、演技をやらせても一流なのか。そこいらの俳優より、よっぽどイイ。

台詞は事前に全て暗記していたという。完璧主義のイチローの事だから、練習もキッチリ真剣にやっていたのだろう。

脚本の三谷幸喜が周到にイチローが喋りそうな台詞まわしとストーリーを造り上げたであろう事は想像に難くない。

当初、ハチローだった役名を、本人自身が「イチロー」に変更するように願い出たと云う。イチロー演じる「イチロー」が、いかにもイチローらしい振る舞いと、台詞を吐く。だからリアリティがある。

しかし、リアルであるにしても、何故、あんなに自然な演技が出来るのか。

それは多分、イチローが普段から「イチロー」を演じているからではないだろうか。厳密に云うと鈴木一郎がイチローを演じている。もう、馴染みの配役なのだ。

私はイチローを見ていて以前から思っていたのだが、元々は鈴木一郎だったのが、イチローである事を要求され続け、演じ続けた結果、自分でも区別出来なくなっているのではないか。

そう、いつだってイチローはイチロー過ぎるくらいイチローらしい。

だから演技であって演技に見えない程、それは自然に見えるのだ。

ただ今回、一箇所だけ違和感を覚えたシーンがあった。

それは記者会見のシーン。本来ならば、一番イチローらしい、言わば「イチロー語録」的な喋りをするハズの所だが、逆に普通過ぎて妙に台詞然としていたのだ。

脚本のセリフが悪いのだろうが、やり慣れている記者会見なのに、何故。イチロー自身も一番演じ難かったシーンではないだろうか。

ひょっとして、会見と云うある種、日常とは違う「演じなければならない場面」を、会見以外の地のシーンと区別するために敢えて演技をさせたのかも知れない。

流石、三谷。とも思ったが、案外、本人が会見で喋りそうなセリフを書いてはみたが、余りに造られたセリフのようで逆に嘘っぽくなってしまったのでは。

でも、実際のイチローの言葉はあまりに完璧で出来過ぎていて、どこか空々しく違和感があったりするのだけれど。

まぁまぁナンダカンダ云いながら、やっぱり一流ですな、イチローは。

でも、イチロー以外の役はできなさそうな気はするが。
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コメント

携帯メールでのコラム書きは疲れる。誤字脱字はあるし、何しろケンショウ炎になりそうだ。

早くブロードバンド回線をひいてくれ。

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